次の衆議院議員選挙には出馬しないことを表明された小倉まさのぶさんが話題です。
小倉さんの実家の家族のことが気になりますね。
小倉まさのぶさんの父親は、医師で実家は病院です。
父親は結婚と離婚を繰り返したため、小倉さんには腹違いの兄弟が多数います。
- 小倉まさのぶの実家の病院は「飛鳥山病院」だが現在はない
- 小倉まさのぶの父親は医師で、複数の病院を経営してたが経営が悪化した
- 父親は3回結婚と離婚を繰り返し、愛人との間に子供もいた
- 母親は病院事務をしていて、現在はパーキンソン病を患っている
- 小倉まさのぶの同腹の兄弟は、姉1人
小倉まさのぶの実家の病院はどこ?
小倉まさのぶさんの実家の病院について調べました。
飛鳥山病院
小倉まさのぶさんの父が開業した病院は、王子の「飛鳥山病院」です。
しかし、この病院は現在はないようです。
残念ながら「飛鳥山病院」と言う名前の病院は動物病院でした。
複数の病院を経営?
小倉まさのぶさんの父は、医療法人の買収などもしていました。
複数の病院を経営していたことも考えられますが、それらの病院名はわかってません。
実家の病院が経営悪化で銀行員になった
小倉まさのぶさんは「実家が経営する病院が経営悪化におちいった」のを目の当たりにしました。
それで中小企業を支えたいと銀行員になったそうです。
小倉まさのぶさんは2011年に医療経営士2級の資格を取り、実家の病院の医療経営に携わっています。
10/30日に受験した「医療経営士2級」の合格通知が届きました。合格率は18.8%だそうです。
小倉まさのぶ オフィシャルブログ 医療経営士
小倉さんは2014年から医療経営士の母体である日本医療経営実践協会の顧問を務めており、日本の医療経営についてこう語っています。
小倉まさのぶ
●それぞれの医療機関が効率的で質の高い医療を提供できれば、医療界全体で低コスト・質の高い医療を提供できる
●日本の医療を発展させるためには個々の医療機関の経営努力が必要
個々の医療機関が効率的かつ質の高い医療を提供できれば、その集合体である医療界全体が低コストで質の高い医療を提供できるようになる。
MMSニュース 一般社団法人日本医療経営実践協会顧問 衆議院議員 小倉將信インタビュー
小倉まさのぶさんが医療経営士として関わる病院、とても気になりますね。
きっと素晴らしい経営努力をなさっているのでしょう。
また情報が入り次第追記します。
【家系図】小倉まさのぶの実家の家系図
こちらが小倉まさのぶさんの家系図です。
小倉さんの父親の結婚歴が目立ちますね!
小倉まさのぶの父は医師!離婚と結婚がすごい!
小倉まさのぶさんの父親についてです。
父親のプロフィール
小倉まさのぶさんの父親は医師でした。
- 氏名:不明
- 生年月日:1929年
- 職業:医師
父親の経歴と結婚歴
小倉まさのぶさんの父の経歴と結婚歴を合わせて、ご紹介します。
<小倉まさのぶの父の経歴・結婚歴>
戦時中:
九州に疎開し医師になり、薬剤師の女性と結婚(子供は4人)
1950年代:
東京に戻り、北区で診療所を開業。
1960年代:
王子で飛鳥山病院を開業、医療法人を買収するなど財を成す。
1970年代:
離婚
愛人(北海道出身の看護師)に子供ができる
10歳年下の女性と結婚
病院事務の女性と関係を持ち、子供(まさのぶさん)ができる。
1984年:
離婚し、病院事務の女性と再婚する
2017年:八王子の老人ホームで死去
数年に及ぶこの妻との婚姻期間中にも女性問題が噴出することになる。別の女性から夫婦のもとへ「うちの子どもを認知してくれ」と連絡が入ったのだ。その女性こそ將信氏の母その人だった。
デイリー新潮 小倉少子化担当大臣、極めて複雑な家庭環境を“兄”が明かす 「父の滞納税金は3400万円」 大臣は相続放棄していた
なかなか破天荒な人生ですね。
小倉まさのぶさんの母親は父親と離婚しています。
お父さんはバツ3ということですね。
父親の言葉で政治家を志した
お父さん自身も政治家を志した時期があったそうです。
自分に多少なりとも能力があれば、それを社会に還元しなさい
これは、小倉さんがお父さんによく言われていた言葉です。
この言葉が政治家になるきっかけになったんですね。
「自分に多少なりとも能力があれば、それを社会に還元しなさい」というのが、父親の口癖でした。日銀でも、公のためにつくすという軸はぶれていなかったと思います。
Sirabee 日銀出身の36歳、小倉將信衆院議員 一日遅れていたら政治家になっていなかった
また、小倉さん自身はこの複雑な家庭環境をこうツイートしています。
家庭環境に〝複雑な〟も〝一般的な〟もない。
どんな環境でも子供達には気後れすることなく胸を張って生きてもらいたい
確かに、政治家の方には全ての子供たちが生き生きと自分らしく生きられる社会にしてほしいですね!
小倉まさのぶの母親
小倉まさのぶさんの母親についてです。
母親のプロフィール
- 氏名:不明(旧姓は平野)
- 生年月日:不明
- 年齢:70代くらい
お兄さんによると、小倉まさのぶさんの母さんの旧姓は「平野」です。
母親の生年月日や年齢はわかりません。
小倉さんが1981年生まれですので、1950年代くらいのお生まれでは70代くらいかと思われます。
母親はパーキンソン病
小倉まさのぶさんによると、母親はパーキンソン病を患っています。
小倉さんの2023年の母の日の投稿です。
小倉まさのぶ
私の母はパーキンソン病にかかって10年近く経ち、日に日に動けなくなる苦痛と闘っています。
パーキンソン病は、運動機能に障害のでる疾患です。
<パーキンソン病の主な症状>
振戦:体のふるえ
動作緩慢:身体を動かすのに時間がかかる、動きがゆっくりになる
筋固縮:筋肉が固くなる
姿勢保持障害:立位や歩行時に転びやすくなる
パーキンソン病は難病に指定されています。
小倉さんの母親は、パーキンソン病を患いながらもお仕事をなさっていたそうす。
母の日には花をプレゼント
小倉まさのぶさんは、母の日にはお母様にカーネーションを送っているようです。
2023年には、カーネーションの茶葉をプレゼントしていました。
小倉さんが、お母さんをとても大切にしているのがわかりますね。
小倉まさのぶの兄弟・姉妹
上記のように、小倉まさのぶさの腹違いの兄弟は何人もいます。
しかし、母親が同じ兄弟は姉1人のようです。
姉のプロフィール
- 氏名:不明
- 生年月日:1979年
- 出身地:東京都多摩市
姉の結婚と出産
小倉まさのぶさんの姉は、結婚してお子さんがいます。
- 結婚:2012年頃
- 長男出産:2014年
小倉さんは甥っ子さんをとても可愛がっていて、絵本をプレゼントしたりしています。
「姉には幸せになってほしい」
2011年のお姉さんの結納の時に、小倉さんはX(旧Twitter)にこう投稿しています。
小倉まさのぶ
僕はこれから全てを犠牲にして頑張らなきゃいけないので、せめて姉は僕の分まで幸せになって欲しい
政治家として人生をかけてという考えだったのでしょう。
お病気ということですので、治療に専念していただきたいですね。
小倉まさのぶの実家の父・母・姉など家族と病院のまとめ
小倉まさのぶさんの父親が開業した病院は「飛鳥山病院」ですが、現在はありません。
小倉さんは現在、実家の病院(飛鳥山病院ではない)の経営に医療経営士として携わっています。
小倉まさのぶさんの父・母・姉についてです。
- 小倉まさのぶの父
生年月日:1929年
職業:医師
3度結婚し3度離婚している - 小倉まさのぶの母
パーキンソン病を罹患 - 小倉まさのぶの姉
生年月日:1979年
同腹の兄弟は姉1人
結婚して子供がいる
小倉まさのぶさんには何人か腹違いの兄弟がいますが、同じお母さんから生まれたのはお姉さん1人です。
その複雑な家庭環境の中でも、小倉さんは東大を出て日銀に勤務、衆議院議員として活躍していました。
小倉さんには治療に専念して、早くお元気になっていただきたいですね。